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福岡高等裁判所 昭和37年(ラ)221号 決定 1963年1月16日

抗告人 明美こと 古池明実

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、抗告の趣旨及び理由は別記のとおりである。

二、(一)抗告理由第一点について。

抗告人提出の福岡市大字浜男御島崎、町世話人塚本末喜の証明書及び一件記録よれば、抗告人は昭和三六年二月福岡市大字住吉一、六〇四番地の住所から福岡市香椎浜男若葉七〇三番地の一に住所を変更し、同所に居住しているかのように一応認められるけれども、右塚本末喜の証明書は、文言どおりには信用できない。すなわち、一件記録を精査すると、競売申立人である抵当債権者株式会社佐賀銀行は、昭和三六年四月二二日原裁判所に本件抵当権実行による競売申立をなしたのであるが、その以前の同月八日書留内容証明郵便をもつて、抗告人の同銀行に対する継続的取引上の住所で、かつ、抗告人所有の本件競売不動産上に抗告人の住所として登記されている福岡市大字住吉一六〇四番地(現在同市清川一丁目三街区六号となつている)に宛て、抗告人に対し、抗告人との根抵当権設定契約に基く取引を中止するについては債務金一、二三〇万円を同年四月一三日までに支払うよう催告し、同期限までに支払がないときは抵当権を実行する旨を通告しており、該郵便は特別の事情のないかぎり抗告人に配達されているものと推認され、また、果して抗告人が昭和三六年二月に前記香椎浜男若葉七〇三番地の一に住所を変更したとすれば、原裁判所裁判所書記官が執行吏によつて福岡市住吉一、六〇四番地の抗告人にあてて書類を送達した際、同所においては全部もしくは少くとも一部の書類は、送達不能となつて返戻される筈であるのに、以下のとおり送達され返戻されていない。すなわち、右抗告人あての不動産競売手続開始決定正本は、昭和三六年五月八日午前一一時二〇分抗告人不在のため、抗告人の同居人安田善一郎において異議なく受領しており、また強制執行続行決定のための照会書(滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する規則第一二条による審尋のためのもの)も、昭和三七年七月一八日午前一一時一〇分抗告人の同居の親族古池修において異議なく受領しておるし、競売手続続行決定正本は、同年一〇月五日午前一〇時四〇分(これは抗告人が転居したと称する日から実に一年八ヶ月余を経過しているのであつて、前示証明書のとおり、はたして抗告人が住所を変更して本決定の肩書住所に居住していないとすれば、受取人不在として返戻されるはずであるのに、返戻されないで)抗告人の同居人安田善一郎において異議なく受領しておることが認められる。以上の認定によると、抗告人はなんらかの事情によつて一時前示香椎浜男若葉七〇三番地の一に居住していることはあつても、同所は一時の居所であつて、住所は依然肩書福岡市住吉一、六〇四番地に存するものと認めるのが相当であり、送達を受くべきものが住所と居所を有するときは、住所において、事理を弁識するに足る知能を有する同居者に書類を交付して送達しうることは、当然であるから、前示各書類の送達はいずれも適法になされたものと解すべくまた昭和三七年一一月二七日午前九時の競売期日の通知は、右住所にあて抗告人に対し、普通郵便をもつて発送されていることは記録に徴し明らかであるので、同郵便は反証のないかぎり抗告人に配達されて到達しているものと推認すべきであるから、抗告人に対し送達ないし通知がないのに競売手続が進行し違法に競落許可決定が言渡されたとする所論は理由がない。

(二) 同第二点について。

原裁判所所属執行吏中村市太郎の昭和三六年五月二三日附不動産賃貸借取調調書によれば、福岡市大字住吉一、六〇四番地の四七、家屋番号柳橋町一一七番二、木造亜鉛メツキ鋼板葺三階建店舗兼居宅一棟建坪二七坪五合七勺、外二階及び三階とも二七坪五合七勺の建物は、中村静枝が昭和三四年八月一日抗告人から賃借期間同日から向う三年間、賃料月一万円、敷金三万円を抗告人に差入れ、もつて賃借居住していることが認められるところ、記録によると本件競売期日の公告には、右建物については賃貸借がない旨掲記されていることが明らかである。ところで、競売不動産につき賃貸借が存在するのに、競売期日の公告に賃貸借がないと掲記されたとしても、同不動産の所有者はなんら不利益を被ることはないので、所有者は賃貸借の記載のないことを競落許可決定に対する抗告理由として主張することができないとする下級裁判所の裁判例が存する(例えば大阪高裁昭和三五年(ラ)第二四九号同年一一月一五日決定・高裁判例集一三巻八号七九一頁。東京高裁昭和二六年(ラ)第一一四号同年五月三〇日決定・裁判例要旨集民訴一一巻一、一九一頁等。)ので、ここに当裁判所の見解を説示しておきたい。民訴第六四八条の利害関係人は、競落許可決定により損失を被るべき場合においては、その決定に対し即時抗告をなしうべく(同法第六八〇条第一項)、また、右即時抗告は競落の許可に対する異議の原因の一を理由とするとき、または競落許可決定が競落期日の調書の趣旨にてい触することを理由とするときにかぎりこれをなすことを得(同法第六八一条第二項)、そして同法第六七三条及び第六七四条の規定は抗告審にも準用されるのである(同法第六八二条第三項)。ところで競売不動産の所有者は、競落許可決定によりその所有権を喪失すべき地位にあるので右第六八〇条第一項の競落許可決定により損失を被るべき場合に当ることについては、判例も存し(大正五年(ク)第一九三号同年五月三〇日大審院第一民事部決定・民録二二輯一〇七八頁)、学説も異説のないところである。そして競売期日の公告に競落人に対抗しうべき賃貸借が掲記されていないことは、所有者にとつても、競落の許可についての異議の理由たり得るとともに、また抗告理由たり得ることは当然であり(同旨当裁判所昭和三三年(ラ)第一四八号同年一〇月六日決定・下級民集九巻一〇号二一七頁。大阪高裁昭和三二年(ラ)第二五号同三四年九月二五日決定・下級民集一〇巻九号一九九〇頁。同高裁昭和三七年(ラ)第二〇号同年一〇月一六日決定・金融法務事情三二七号五頁。大審院昭和七年(ク)第一二四号同年二月二四日決定・判例集一一巻一六一頁はこれを当然の前提とする。)学説の承認するところであつて、執行法に関する学者のこれと異る見解を示すものを知らない。しかも、競落許可決定に対する抗告及び抗告裁判所の訴訟手続については、その性質に反しないかぎり控訴の規定が準用される(民訴第四一四条本文)ので、抗告には原決定に対して不服である旨及び要すれば不服の限度を表示すれば足り、抗告理由強制主義を採らないわが訴訟法においては抗告の理由を示すことを必要としない。抗告理由は、結局抗告裁判所の注意を喚起しその調査の一助となすの意味を有するにすぎないのである。抗告裁判所は、調査を抗告理由の範囲に限定すべきでないし、また抗告理由の提出をまつ必要もない(大審院昭和四年(ク)第一〇二五号同年一一月一六日決定・判例集八巻八〇五頁)抗告裁判所は、適法な即時抗告の申立があれば、民訴第六七四条第二項ただし書の制限に従い、競落不許の原因あるときは、職権をもつても、競落を許さない決定をなすべきである。したがつて競落許可決定に対し競落不動産の所有者が即時抗告を申立てた場合において競売期日の公告に競落人に対抗しうる賃貸借が掲記されていない場合は、抗告人において、そのことを抗告理由として指摘論難すると否とを問わず、抗告裁判所は競落を許さない決定をなすべきである。

以上と見解を異にする前示各裁判例は、競落されるということ自体が、すでに所有者(抵当権設定者)に対し損失を及ぼすものであることに全く留意せず、所有者は当然競落さるべきものとの前提において、賃貸借がある旨公告の上競売されるよりも、賃貸借がない旨公告されて競売される方が、より高価に競売されるので、所有者は賃貸借がないとして公告され競売されても、不利益を被らないと解する結果、抗告理由を不適法ないし理由がないとするもののようであるが、競売は国家権力をもつて、所有者の財産を強制的に換価処分し、執行債権の満足をはかるものである以上、常に法規の規定する手続に従つて慎重に実施さるべきであり、法規に違反して換価処分されないことにつき、所有者は深い利害関係を有するばかりでなく、例えば、地代家賃統制令の適用のない不動産(貸事務所用のビルのごとき)の競売において、賃料の支払にいささかの不安もない資力ある賃借人が、極めて高額な賃料をもつて賃借しており、容易くは他に賃借するものの見当らないような不動産のごときにあつては、競落人はその賃貸借があるからこそ競買するのであつて、もしその賃貸借がなければ競買しないであろうと考えられる場合においては、賃貸借の存することは、存しないよりも、所有者及び従つてまた競売申立債権者にとつて利益でこそあれ不利益ではなく、また経済事情の変動に応じて空き借家が多い状勢下においては、一般に賃貸借の現存する不動産は、その存しない場合よりも、より高価に競売されることは、見易い道理である。かくて、判示反対の見解に立つ裁判例の立場は、経済事情のいかんによつては維持し得ない法解釈の矛盾におち入る短見で、要するに、抗告の利益と抗告の理由と混同し、しかも抗告理由たる事実は裁判所の職権調査事項にかかるかぎり客観的に存在すれば足り、あえて抗告人の主張をまつ必要がないことを忘れた謬論という外はないのである。したがつて、論旨第二点をもつてただちに不適法ないし理由のない抗告理由であるとすることはできない。

しかし、記録によると、抗告人所有の前示建物については、抗告人と中村静枝との同建物に関する前示賃貸借が効力を生ずる前の、昭和三〇年四月二五日競売申立銀行を根抵当権者とす根抵当権設定契約が締結され、翌二六日その登記がなされたこと、昭和三六年四月二四日競売申立の記入登記がなされて差押の効力が生じたこと、抗告人と中村静枝との前示賃貸借は右差押の効力が生じた後の昭和三七年八月一日期間の満了により更新(両名の更新契約によるか、あるいはいわゆる法定更新のいずれかによつて)されていることの各事実が認定されるところ、右のように差押の効力が生じた後に更新された賃貸借は、その更新が契約による場合はもちろん、法定更新による場合においても競落人に対抗し得ないものと解すべきであり、また競売期日の公告には競落人に対抗しうる賃貸借のみを掲ぐべきであるから、原裁判所が、昭和三七年一一月二七日午前九時の本件競売期日の公告に、前示賃貸借を掲げなかつたのは相当でこれを違法とする所論は理由がない。(もつとも中村静枝は前示競落建物の賃貸人である抗告人に対し敷金三万円を交付しておるのに同建物の競落人は、右賃貸借を承継しない結果、敷金返還債務もまた承継しないので、抗告人において賃貸借終了の際(競落人が競落代金を支払い所有権取得登記をなした際)に、賃料と清算の上残額があれば、これを中村静枝に返還すべく、中村静枝が返還を受けないかぎり、同人は留置権を主張し、競落人の競落建物の引渡請求を拒絶しうることは当然であるから、賃貸借が消滅するからといつて中村静枝の権利の保護に欠けることはない)。

よつて抗告を理由なしと認め、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 池畑祐治 判事 秦亘 平田勝雅)

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